1061年7月18日

以前お世話になったルシアさんが何者かに攫われ、彼女を救う為にキーストン家へと忍び込む。

今回の事件で、以前の知り合いのアドニスさんやダーヴィットさんにご一緒させて頂いた。
アドニスさんは相変わらず。まだ16歳なのに妙に大人びていて、そのくせどこか抜けたところもあって、なんだか可愛らしい。
ダーヴィットさんも……変わらずに裏道を歩いているみたい。無口だけど、こんな仕事が出来る人って人間性が豊かだって事を、私は分かってる。

キーストン家の御当主カールスさんは……あの雰囲気からして恐らく魔神であるレオノーラという女性に騙されていて、闇にその身を堕としていた。
悪女に騙される男性というものは尽きない。私は悪女で在りたくないけど……結果として人を騙す事になってはいないか、なんて事を、時々考えてしまう。
本来、肌を合わせるのは本当に好きな人だけで良いのだから……。

私達の仕事は、社会的な地位は低い。
マーテルの僕としての私は、祭司服を着ているというだけでそれなりに尊敬されるけれど、娼婦としての私は、身分の高い方からは声も掛けて頂けない。それどころか、避けられ、忌み嫌われる存在。
周りの人間の評価など、本当に当てにならない。尤も、そういった錯覚が、私の仕事をやりやすくしているのもまた事実ではあるのだけれど。
私は祭司という逃げ道があるけど、生粋の娼婦である人たちは、女性としての幸せを求めて男性と恋に落ちようものなら、「売女」などと後ろ指を差され、罵られ、心を傷つけられる。
そんな境遇のなか、例え裏の人間でも、一人の男性を愛することができたルシアさんには頭が下がる思い。勿論、亡くなってしまった“鼠”さんにも……。

結果として、ルシアさん達は家庭を築くことが出来なかった。でもそれは、ただ単純に不幸という事ではないと思う。
それを確認したくて、私は彼女に失礼な事を訊いてしまった。気がついたら、言葉が口から零れてしまっていた。
私はルシアさんには遠く及ばない。彼女は私より何倍も強い。だって、私は彼のことを引き摺っていて、今だって、突然目の前に彼が現れるのを心のどこかで期待してるんだから……。
彼やノーマさんを心の糧にすることは出来ても、忘れる事など出来はしない。素晴らしい人間の犠牲の上で小さな私は生きている、という事を誇りに、生きていくしかない。
人の幸せを、自分の幸せと思うこと……嬉しいけど、本当はちょっと寂しい。
誰にも言えない、ここでしか書けない事。