1061年5月14

あの時以来の、ヘレナ様からの依頼。
今回の標的は何の因果か、アーネストさんだった。
依頼主も教えられず、依頼内容も分からず……きっと、罠だと思う。だけど、ここで逃げたら負ける。何も変わらない。罪もない人たちが、新たな犠牲になる。
私は引き受けた。私は彼との思い出を何も知らないけれど、それを永遠の追憶に変えることが出来たら、それで私は幸せ。

彼は、思い出を語ってくれた。私を、変わらずに愛していてくれた。私も、何も知らない私も、彼の事を愛していた。
まるで幼い頃からの淡い思い出のようにも、今が盛りと燃える炎のようにも。今までも、これからも。
私は永遠の愛を誓い、彼を葬った。
依頼だとか、彼が殺戮者であるからとか、そんなことはどうでも良かった。
ただ、彼を、自分を、この苦しみから救う為に、彼を葬った。
愛する者を、愛するが故に、壊さなければならないものがある。胸を締め付けるこの矛盾。
アーネストさんの愛は、不自由な肉体や魂とは切り離され、私と一つになる。
本当は、そんな訳はない。例え神であろうと万能ではない事は、私にも分かってる。これで救われるなどという事は、絶対にない。
でも、きっと彼は、これで救われた……そう思いたい。
そう思わないと、本当に彼の全てが消えてしまうような気がして……。
辛かった。一緒に逝くことが出来たら、本当に、どれ程楽だろう、と思った。
でも、それは背くことになる。聖母マーテルの教えにも、私の信念にも、そして、彼の想いにも。
何故、私がこの世に生を受け、ノーマさんに替って転生したのか。
それを考えると、どうしても自らの命を絶つことは出来なかった。
私は、私のだけのものじゃない。きっと他のだれもと同じ様に、多くの人達の想いが重なって、一人の人間を創りだしてる。自分だけの我侭なんて、許される筈もない。
自らが葬ったこの人の思いのためにも、生きることこそが私に与えられた最大の使命なんだって、やっと分かった瞬間だった。

ノーマさんは、陰ながらブリスランドを救った英雄。
私は、只の娼婦。
だけど私にも、何かができる。人に愛を、希望を、光を与える事が、きっと出来る。そう信じる。
私はきっと、貴女の胎内から生まれ出でた娘。
祭司ノーマと、剣士アーネストの間に生まれた、あなたたちの、愛しい、娘。
墓前に咲く“幸せの花”フィリーネに誓った。
もう二度と、悲しみに溺れたりはしないと。
笑顔が、自然に溢れてきた。
明日からは、また忙しくなりそう。