1061年4月29日

何処を彷徨ったのか、昨日はケルバーを訪れた。街角で、雨に濡れながら蹲っている少女を見つけた。
ぼろぼろの人形を抱いていた。……酷く寂しそうだった。泣いている風にも見えた。まるで今の私を映し出す鏡のようにも見えた。気が付いたら声を掛けていた。
エミリアちゃんはよほど、その人形を大切にしてたみたい。何か事情がありそうだったけれど、余計な事を聞くのはやめた。彼女の口は言葉を発することが出来ないみたいだし、何より彼女は、詮索されるのをきっと望まない。
結局、彼女に手を引かれ、ドリスさんという人形の職人さんに、その人形を修理して頂くことにした。エミリアちゃんは雨に打たれ、少し風邪を引いたみたいだったけれど、大したことがない様なのでほっとした。

きっと、愛された人形は、愛された分だけ、魂を持っているのかもしれない。そんな“生きた人形”の何人かに、私は出会ったことがある。
プラオッタというちょっと変わった人形も、そんななかの一人だった。
そして人形を愛する……恐らくそれに魂を生み出す力を持っていると思われる一人の女性、アルフィーさん。
この二人の前に、私は導かれた。こんな私に対して、使徒マーテルが何かを仰りたかったのかもしれない。

優しさ、愛しさ、喜び……それを人形に込める者も存在する様に、怒り、憎しみ、悲しみが込められてしまう……それもまた、現実だった。殺戮者という忌むべき存在に、その人形もなっていた。
その人形は、マリーという少女を憎んでいた。マリーが何をしたのかは分からないけれど、彼女にもきっと分かる時が来ると思う。物を大事にするということは、人や自分を大事にする事にも、きっとつながる。

人形は、甦った。殺戮者としての魂は消え去っり、その魂はエミリアちゃんの“声”となって転生した。
人形の体には、新たな魂がドリスさんによって込められた。私もお手伝いさせて頂いた。美しい、優しい人形になるようにと、願いを込めながら。

殺戮者が転生する事は不可能なのだと、ヘレナ様は仰った。
肉体に新たな命を吹き込む事で、別の形でそれは成される。今回の事件で、私はそう思えるようになった。
でも、どうにもならない事もある。“思い”が消えてなくなってしまう……彼の、私に対する記憶が。
彼を救う行為が、自分の存在を傷つける行為。私は、躊躇っているのかもしれない。だけどこのままでは、罪もない人々が新たな犠牲者となってしまう。
だから、会いたい。会って、私の心の中に、その思いを刻み込みたい。
そして……救いたい。