信越本線横川-軽井沢間(新線)

略歴

区間 横川〜軽井沢
運行開始 昭和38年
廃止 平成9年

信越本線(新線)

 昭和38年、旧線の老朽化と輸送量の増加に対応するために、この新線の運行が始まりました。それまでのED42のようにラックレール(歯車のようなレール)によるアプト式運転から、横川側にEF63の重連を補機とする、粘着運転に変更されました。横川側に補機をつける理由は、連結器の脱落による、車両の暴走を防ぐためでした。新線を建設するに当たり、ループ式などの様々な路線案が検討されましたが、建設費の問題などのため、補機による粘着運転の、この路線に決定されたようです。

 この写真は、横川駅構内です。信越本線がここで途切れていることを主張しているかのような、コンクリート製の車止めが、憎くさえ思えます。

 車止めの反対側に回ってみると、その先にもレールが続いていました。その向こう側には、その先を走ることのない、上り115系が、駅構内で出発を待っていました。あらためて、この駅を出発する列車には、下り列車がないことを実感しました。

 立派なレールが続いているこの光景を見ると、もったいないなーと思ってしまいます。まだまだ、列車が十分運転できそうなんですが。

 当然のことながら、駅の銘板には、横川の先の駅はかかれていません。この銘板は、「軽井沢」という表記がペンキで塗りつぶされていました。痛々しくさえ感じます。

 そのすぐそばには、先ほどもかいた、コンクリート製の車止めが自分の存在をアピールしていました。

 この銘板のような歴史の証人も、いつかは撤去されてしまうのでしょう。

 かつての横川機関区には、この区間が廃止された為に運行されている代替えバスのバス停があります。運行しているのは、JRバスです。JRとしては当初営業に消極的だったようですが、ほかに代替えバスの運行を引き受ける業者がなかったため、しかたなくJRが引き受けたというのが実状のようです。

 しかし、この代替えバスは、当初の予想よりも利用者がかなり多く、関係者をびっくりさせているようです。こうなると、本当に鉄路を廃止する必要があったのだろうか?とさえ思えます。

 もっとも、この区間の特殊性から考えて、鉄路を存続させたときに果たして経営的にはどうであろうかという疑問は残りますが。しかし、単線でもいいから鉄路を存続させてほしかったというのが、地元に住む者としての、正直な気持ちです。

 横川駅から先は、路線がきれいなままで残されています。今にもEF63が激しいブロア音を響かせながらやってきそうな感じです。しかし、至る所に設置されている柵などが、その想像を打ち砕きます。

 トンネル内から撮ったこの写真を見ていると、今にも列車がやってきそうな気がしませんか?

 この区間は全国的に見ても貴重な鉄道遺産をいかすために、松井田町や軽井沢町などが中心となって、季節限定の観光鉄道としての復活が検討されています。ちょうど山陰本線の旧線が、嵯峨野観光鉄道として復活したのと同じような感じでしょうか?

 個人的には、この区間の鉄路としての復活を強く望んでやみません。