第一節
村から少し森に入ったところにあった、元見張り台の塔に正体不明の魔術師が住み着いた。そいつが今回の事件の犯人だと村人は断言していた。
全部で人口100人ほどの村。その村のはずれの畑で正体不明のモンスターが現れて、村人が一人殺されるといった事件が起こったのが、今からだいたい三日前。
シャウトというシーフがこの村に着いたのも、同じくだいたい三日前。
着いたとたんにこの事件だ。すぐに立ち去っても良かったのだが、そのせいでシーフの立場が悪くなるのだけは避けたかった。
そんなわけで、シャウトはいまだに滞在しているのである。
(そうか、魔術師が住み着いたってのか。なら納得がいく。殺され方や話を聞く所の様子によれば、あれはどう見てもアンデットだったしな)
村長は村の若者に、近くの町まで冒険者を雇いに行くように命じた。
ここから近くの町までは、往復たったの二日ですむ。あさっての日が暮れる頃には、いわゆる冒険者御一行様がこの村に到着し、歓迎されることだろう。
(だったらもう用はないな。さっさとシーフのギルドマスターの所に行って、今回の報告をしなくちゃだしな)
シャウトはそう考えるや否や、自分の荷物をまとめだした。
シーフの荷造りにそう時間がかかるものではない。本当に大切なのは、自分にあうように自分で開発した、いわゆるシーブズキット(通称、盗賊の七つ道具とも言われてる)だけだからだ。
保存食やマントといった防寒具も必要だが、これらはいくらでも変えが効く。だが、長年かけて作り上げたシーブズキットはそうはいかない。
よく、一般冒険者は『シーフにとって一番大切なのはお宝だろう』と思っているらしいが、ここで訂正しておく。シーフは決して宝が好きなわけじゃない。むしろ、他の職業の方が宝に関してはうるさいぐらいだ。
宝よりも、プライド。
プライドよりも、自分の命。
これがシャウトの考えであり、シーフの大半が持っている考えである。よく覚えておいてほしい。
さて、そんなこんなで小一時間もたつと、部屋の中のシャウトの荷物はあらかた片付いたようだ。
一つにまとめ上げた荷物を左肩に担ぐと、部屋を出て、一階の酒場のマスター兼宿屋の主人の所にいく。
「よぉ、おっさん。ずいぶんと世話になったな。全部でいくらになってるんだい?」
「ったく、俺はまだ30だぞ・・・」
・・・・・・どこも、似たような会話は行われているものである。
まぁ、おいといて、それだけ言うと帳簿を見始めた。
「シャウト君だったよな。全部で三日分。三食の食事代入れてこれだけにしとくよ」
そういって、マスターが手元のそろばんをはじく。それを見て、シャウトが財布に手を伸ばす。
「ひのふの・・・・・・はい、これで丁度だぜ。確認してくれや」
「・・・・・・確かに。またこの辺りにきたら寄ってくれよ」
マスターがにぃっ、と笑った。
このマスターは、シーフだろうとなんだろうと差別はしない人物であるということを、この数日でシャウトはよく理解していた。
「あぁ、ぜひよらせてもらうよ。で、マスター。なにやら真犯人がわかったらしいじゃないか」
わざとやっているのか、少し声のトーンが落ちる。それを聞いて、マスターの表情も、笑い顔から少し険しい顔に変わっていく。
「あぁ、なんでも見張り台だったところに魔術師が住み着いたらしい。で、今回のはどうやらそいつの仕業らしいんだ」
「そうか・・・・・・あ、こいつを渡しとくよ。マスターにはずいぶん世話になったからな」
シャウトはそういうと、袋から透明な液体の入ったガラスビンをだした。
「・・・・・・こいつは?」
「なに、いわゆる聖水ってやつさ。もし、バケモノがまた出て、マスターや嬢ちゃんに危害が加わりそうになったら、こいつをぶっかけてやんな!
一時凌ぎとはいえ、これでおっぱらえるはずだからさ」
説明が遅れたが、嬢ちゃんとはマスターの一人娘でずいぶんと気立ての良い娘のことだ。少し前に森で見つけた首飾りがよっぽど気に入ったらしく、シャウトはずいぶんとおしゃべりに付き合わされた記憶がある。今はまだ、部屋で寝ているはずだ。嬢ちゃんは夜に手伝った日の次の日はお昼まで寝ると決めているらしい。
それでもマスターが『あいつがいてくれて、かなり助かる』と言っていたのを、シャウトは聞いたことがあった。
そのマスターだが、ガラスビンを手に取ると「もらっとくよ」とだけ言った。
「じゃあ、俺はもう行かなくちゃだから。嬢ちゃんにもよろしくな」
「あぁ、言っておくよ。達者でな」
その言葉に対し軽く右手を上げて答えると、シャウトは店を立ち去っていった。