いつかどこかの空の下で

〜卯月第四週〜




 「少し・・・時間をくれますか?」
 そう言って立ち上がる。そしてこの場から立ち去ろうと後ろを向いて歩き出した。
 「理由を、聞かせて貰えるかな?」
 背中の後ろから、太守が声をかけてくる。あたしはもう一度「時間を下さい」とだけ言うと、扉に手をかけた。
 そして部屋を出る前に一度だけ部屋に振り返る。自分に視線が集まっているのがわかる。あたしは・・・できるだけ気づかれないように、部屋の中にいる1人に目で合図をした。そしてからその場を去った。
 (向こうの国の状況を確認してからでも・・・いいよね)




 あたしは夕暮れ時の街中を歩いていた。街中は山の中の街にしてはにぎわっていた。
 文化のレベルは決して高いとは言えない。しかし、誰もそれに対し不満のある様子はかけらも無かった。
 「そこのお嬢ちゃん! 新鮮な果物、どうだい!?」
 屋台のおじさんがあたしに声をかけてくる。そちらを見れば上半身はランニングだけしか着ておらず、そのムキ出しの肌からはこげ茶色の毛がかなり生えていた。
 (・・・クマ?)
 見た感じから、どうやらクマから進化したライカンスロープではないかと思われる。確かに風貌から言っても、屋台で果物を売っているよりは、森の中で狩りでもしていたほうが似合うかもしれない。
 「どうだい? 新鮮なの入ってるぜ」
 そう言って、リンゴのような妙な赤い果物を手に持って前に出してきた。
 その時・・・

 近くの路地裏から何かが飛び出してきた。
 そして屋台のおじさんの手から果物をすばやく奪い取るとそのまま走りろうとして・・・

 さらに次の瞬間には屋台のクマのおじさんの空いていたもう片方の手で、その何かは捕まえられていた。
 「な・・・何?」
 あまりにも一瞬のことが重なりすぎて、文字通り目が点になっているのではないかと思われた。一瞬。本当に一瞬の間に屋台のおじさんの左手にはボロボロの服を着た少年が捕まえられていた。
 「残念だったな、坊主。出直してきな」
 おじさんはそう言って、少年(そう、先ほど路地から飛び出してきた『何か』は、年端もいかない少年みたいだったのだ!)を軽々と放り投げる。
 普通だったらば、地面にすごい勢いで激突していただろう。しかし、少年は空中で回転し地面にきれいに着地すると、そのまま走り去った。
 遠目にははっきりとは見えなかったが、ネコか何かの進化したライカンスロープだったのだろう。頭に耳が生えていた気がする。
 「旅のモンだな、人間のお嬢さん」
 改めて屋台のクマのおじさんが聞いてきた。
 あたしは一応、うなずく。あながち間違いではないが、すべてが正解では無いというところがややミソではる。
 「いいことを教えてあげよう。この街はな、店を開いたり、物を売ったりするのは自由だ。税金も何もかからない。だが店の品物が盗まれても文句は言えない事になっている。盗らせる隙を作ったほうが悪いんだ・・・ってね」
 見れば、少し離れた屋台でも盗るだ、盗られるだといったことが起こっているようだ。
 「・・・まぁ、中には貧しい奴もいる。そういった奴はこの街中で狩りをするしかないのさ」
 そう言うと、おじさんはまだ手に持っていた果物を投げてよこしてくれた。
 「お嬢ちゃんがどこから来たのかは知らないがな。よかったらこの街にとどまってみないか? そりゃこのままの戦況じゃ、向こうさんの人間だけの国にはかなわないけど、噂じゃ古代の機工士の召還に成功したらしいしな。これであの思い上がって勘違いした人間達なんざぁ・・・」
 話を続けているおじさんには悪いと思いつつも、あたしはこの屋台を後にしていた。
 ちょっと聞けば、あちこちで『古代時代の機工士様』の噂は流れていた。
 同じに、その古代の機工士様は予想以上に期待されているということも・・・
 (あたしなんかに・・・何ができるってのさ・・・)
 あたしの足は自然と街中の喧騒から遠ざかっていた。




 「やっと見つけましたよ」
 街から少し離れた所にある丘の上。もうすぐ日が沈むという時間帯、あたしは1人、街をぼーっと眺めていた。
 期待していてくれている人々の噂の声は耳からはなれずにはっきりと残っていた。
 「ライさん・・・」
 杖を持った男が1人、あたしのそばに立っていた。ライだ。昼間、応接間を出るときあたしが合図をした相手である。
 「何か、御用で?」
 ライが軽く笑いながら聞いてきた。
 そう。あたしは彼に用事があったのだ。
 向こうの国を見に行くのについてきてほしいという用事が。
 「あたしを・・・」
 「・・・あたしを?」
 「向こうの国へつれていってください! 両方の国を自分の目で見てからでないと、あたしはどちらにも協力したくありません!」
 ライが少し驚いている。それもそうだ。いきなりこのようなことを言われれば。
 だが、ライは魔法を使えた・・・ということは、人間には違いない。彼とならば行っても怪しまれないし、何かがあってもどうにかなりそうな気がする。だから、あたしは彼を選んだのだ。
 「向こうの国・・・トキオへかい?」
 あくまで冷静を装っている。お互いに。
 あたしはそれに対して、無言でうなずいた。
 「少し待っていて下さい。一応、事情を関係者に話してからにします。多分、そういった事ならば、承諾してくれるでしょう」


 その日の深夜。
 あたしはライと共にこのシンシュウを後にした。
 
 そして、人影がもう1つ。
 その人影は2人の後をつけるように出ていった。





 1週間も歩かないうちにトキオと呼ばれる街は見えた。
 シンシュウとは違って、かなりの発達した街だということは、遠目にもわかった。
 人間だけの街だけあって、魔法の力が発達しているのだろう。街が見えたのは夕刻だったせいか、街には明かりが灯っている。
 「あれがトキオの街ですよ。明るいのは魔法の明かりですね」
 ライが説明してくれる。実際、道中も説明はやや聞いていたのだが、実際に聞くのと見るのとでは大違いだった。
 「さぁ、急ぎましょう。今から行けば、夜になるころにはトキオの街に入れますよ。無理に野宿をするよりはマシでしょう」
 旅の疲れを気遣ってか、ライが明るく振舞う。
 あたしは答えるように「うん」と、軽くうなずいて、歩きだした。

 
 街に入るころには日はすっかり沈んでいた。
 しかし、しっかりと整備された街の大通りの両端には街灯もあったし、家々の中からも同じく魔法の明かりであろうものが漏れていたので、かなり明るかった。
 「ふぇ〜・・・とてもシンシュウと同じ時代の街とは思えないね」
 思ったままの事を口にした。
 見れば、隣でライが口をふさぐようなしぐさをしている。
 ・・・そうそう。トキオの街中ではシンシュウや向こうの国のことは一切ご法度らしい。
 ようは、ライカンスロープなんかと一緒に暮らしているような奴らは街には入れたくないらしいけど。
 道端では日が沈んだのにもかかわらず、屋台などが出回っている。
 見た目は縁日のようにも見えたが、この騒ぎは今日に限ったことではないのであろう。
 「・・・さて、どうしますか? ユーキさん」
 「どうしよっかね。とりあえず、2、3日街に滞在して、それでこの国の事をもっと知りたいかな」
 ライは「了解しました」とだけ言うと、あそこの宿屋に部屋があいているか聞いてみるといって、少し離れたところにある宿屋に行ってしまった。
 (さてと・・・どうしよっかな)
 周りを見回す。
 たしかに、トキオはシンシュウとは比べ物にならないくらいにぎわっていた。
 だけど、ライカンスロープの姿はまったく見えなかった。人間至上主義というのは確からしい。
 「ん〜・・・とにかく、まずは適当に屋台ででも買い物しながら、人でも捕まえて・・・」
 「そいつを捕まえてくれ!!」
 ・・・えっ?
 いきなり怒声が聞こえた。見れば、1人のフードをかぶった人が数人の警備兵らしいのに追いかけられていた。
 そして、あたしの50Mくらい前のところでそのフードの男は捕まえられた。
 「こいつはライカンスロープだ! 隙を見てこの街に忍び込んでいたんだ!!」
 警備兵がそう言って、フードごと、まとっていた布をはいだ。確かに、その男は口の中に牙もあったし、腕には黄色と黒の縞模様があった。そして・・・
 (・・・・・・ヤナギ!?)
 そう、確かに、ヤナギだ。
 あのあたしがこの世界に来てから、一番はじめに出会った相手の1人。
 「この者! 不法侵入につき、強制収容所への収容を命じる!!」
 警備兵はヤナギの腕を後ろにねじりあげようとする。しかし、一瞬の隙をついて、ヤナギが吼えた。
 その声を聞いて、警備兵はひるむ。いや、警備兵だけでなく、周りにいた住民もおびえた。まさに野獣の・・・トラの雄叫びなのだろう。
 ヤナギは警備兵を振りほどくと、周りを見渡し・・・

 あたしの方へすごいスピードでダッシュしてきた!

 そしてそのまま、あたしの首に腕を回す。
 「悪いなユーキさん。どうしてもあんたにはこっちの国に戻ってもらわなくっちゃなんでね」
 「えっ・・・?」
 「動くな、てめぇら!! このお嬢サンはお前らも捜し求めていた『古代時代の機工士』サンなんだ!! 少しでも動いたら、このお嬢サンがどうなっても知らねぇぜ!!」
 ヤナギやそう言うと、周りの住民との間合いをとった。
 「(ちょ、ちょっと、ヤナギさん。これはいったい、どういうことなの?)」
 「(どうしたもこうしたもあるか! あのままだったら、あの警備兵どもにとらわれて、有無を言わさずこの国のために働かされてたんだぞ!)」
 「(な、何を証拠に!)」
 「(証拠なんざ無ぇが・・・こんなとこで嘘ついたってしょうがねぇだろ! 俺は奴らの話を聞いたんだよ! 機工士さまが見つかった。街中にいるから、探してこい・・・ってね)」
 あたしとヤナギは組み合った格好のまま、小さな声で会話していた。
 周りを見れば、警備兵は警備兵でどうしていいか迷っているようだったし、警備兵がそんなくらいだったので一般住民はさらに混乱しているようだった。
 「(・・・どうしても、ヤナギはあたしにシンシュウへ戻ってきてほしいわけ?)」
 「(もちろんだ)」
 ヤナギの目を見る。何も迷っていない。まっすぐな目だ。
 「どけどけ! こちらは国の者だ!! 騒いでいるというのは、誰だ!!」
 少し遠くから、怒鳴り声と数人の歩く音が聞こえてくる。
 どうやら、お偉いさんが到着したようだ。人間の国だし、きっと魔法を使える人も来ているだろう。すると、もし逃げるとすれば、今しかないことになる・・・
 「(頼む・・・信じてくれ)」
 耳元でヤナギが祈るようにつぶやいた。
 あたしは・・・



 1.「(信じてあげるわ、ヤナギ。どうも何であれ生き物を迫害して生きていくのはどうかと思うしね)」(有効投票5票)

 2.「助けてください!! 警備兵さん!!(トキオに協力した方が、どうみても正解でしょ)」(有効投票1票)