上毛新聞にて5回シリーズ連載中

第一回《アートが凝縮された街》

第二回《花束の中に色のリズム》

第四回《アジアが大ブーム》

第五回《時間にあわてない》


第三回《花の都幻想と格差》

 

 パリに住む。生活するとなるとパリのいいところばかりみているわけにはいかない。もちろんパリの中心部には家賃が高くて住めないので、必然とパリ市内でも端に住むことになる。
 メトロ(地下鉄)に乗って家に帰るわけだが、中心部から離れるにつれて少し危ない雰囲気が漂う。パリは移民も多いし、不法滞在者も多い街だ。私はNY以上に人種の坩堝(かんか)を実感した。そして一度怖いと思ってしまうと、皆が獲物を狙っているような顔に見える。
 メトロの中では誰ひとり寝ている人はいない。皆パッチリ目を開けてかばんを自分の前でかかえている。
 パリではほんのちょっと隙があると、やられる。すられる。ホームでは「ピンポンパーン、スリには気をつけて下さい」とアナウンスが入る。ここ1ヵ月で私の友達が2人やられた。1人はひったくりでカバンごとやられ、もう1人はすられた。
 こんなことが起きてパリにいると、いやパリに住むと、何か危害を加えられるのかと常に疑惑、予期を抱いていて、そのような気配に対して不必要に用心したり過度に警戒する。
 また、他人の誠意を疑ってかかるという被害念慮におちいりやすい。想像していたパリとのギャップに鬱(うつ)状態になる人が多いという。どうもこのことを「パリ症候群」と言うらしく、在日本人はそう呼んでいる。確かに一度はこのことに悩まされる。あまりにも「花の都パリ」と違うからだ。
 ここはパリのはずなのに優雅な気分ではいられない。幻想のパリに固執しすぎると、とんでもないことになる。しかし、それが一度観光地へでるとパリは何事もなかったように「花の都パリ」に姿をかえ、堂々としている。
 ちらちらと矛盾するパリを横目で見つつ、私は毎晩エレベーターのないアパートについた急な階段を6階まであがっている。生活するとなるとどこでも大変である。でもみんな「パリ症候群」に少し悩まされながらもがんばって生活しているのだ。




《田子鈴音》
フラワーデザイナー、美研フラワーデザイン学院本部講師
大学卒業後、マスコミ業界に就職。その後、単身ドイツに渡る。
2000年1月からパリ在住。